金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

116.文化に合わせた実行プロセス

-韓国富士ゼロックスの「強い、面白い、優しい会社」-

はじめに

 2018年4月に東京大学の小島ホールにて、グローバル経営の事例として、元韓国富士ゼロックス会長・CEOの高杉暢也氏から、韓国富士ゼロックス再建のお話をお聞きしました。高杉氏はアジア通貨危機時(1998)に倒産寸前の韓国富士ゼロックスを再建してこいと言われ韓国に渡り、五感経営を通じて「強い、面白い、やさしい会社」つくりを行い成功し、グローバル経営とローカル経営折半モデルの経営を作ったとの面白いお話でした。

 お話の内容は次の通りでした。   
 韓国富士ゼロックスの紹介   
 明確な方針分析   
 よりよいコミュニケーション‥継続は力  
 「強い、面白い、優しい会社」の評価   
・ 日本と中国のはざまの韓国

 お話をお聞きしながら、私の理解したことをまとめたのが図1です。

 以下の記述はこの図をベースにしております。

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図1韓国富士ゼロックスの「強い、面白い、優しい会社」イメージ
クリックすると拡大して見られます。
 

1 韓国富士ゼロックスの紹介

 ゼロックスはもともとコピー機を生産・販売するアメリカ発祥の会社で、ヨーロッパ、アジア、オセアニアと全世界で事業を展開していま す。最近、富士ゼロックスがゼロックスを買収するといったニュースが流れており、今後どうなるかが話題になっています。注1)
 富士ゼロックスの現在の海外販売拠点は、韓国以外にも中国、香港、タイ、シンガポール、マレーシア、ベトナム、台湾、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランド、インドネシアとなっています(出典:Wikipedia 2018/05/07アクセス)。

韓国富士ゼロックス設立の時代的背景

 図1左上の「環境」に あるように、1974 年頃は多くのメーカーが生産拠点として韓国に投資していましたが、この時代は韓国政府の規制が強く、100%日本企業の出資にできませんでした。富士ゼロックスも現地企業(同和産業株式会社)と折半出資し(50%、50%)、コリアゼロックスを設立しました。このために富士ゼロックスには単独議決権がなく、 経営は韓国人経営者に委ねていました。それでも韓国経済の成長とともにそれに見合う規模での成長をしてきました。ところが1997年のタイのバーツに端を発する通貨危機が瞬く間にアジア全体に広がり韓国経済も奈落の底に落ち、IMFの管理下に入る事態が起きました。その影響もありコリアゼロックスは倒産寸前に陥ったのでした。

 1998年には金大中(キム・デジュン)大統領が誕生し、これまでの規制を緩和し海外企業を誘致するとともに韓国經濟の方針をGNP (韓国の会社が世界で稼ぐから)からGDP(国内で稼ぐ)に変えました。この結果、海外企業が100% の株を持てるようになりました。1998年は日本もまた金融機関の破たんが続く大変な時期でした。

 こうした中で、図1左下の「当時の状況」にあるようにコリアゼロックスは1998年に富士ゼロックスが100%持分を引受け、経営指導権を握りました。その後、韓国富士ゼロックス(株)に会社名を変更しました。こうして韓国の株主に文句を言われることなく、完全に日本流の経営が可能になりました。

 高杉氏はこの時期に、韓国富士ゼロックスのトップとして、事業再建を行われた方です。1998年の従業員は1250人、資本金は140億ウオンの会社で当時としては日系最大の投資企業でした。

2.明確な方針を立てる

2.1 21世紀:グローバル時代のCEOの役割と責任

 高杉氏は、韓国富士ゼロックス立て直しのために派遣されましたが、経営が不透明で倒産のことを知らされていなかった韓国人社員は日本人経営者が乗り込んできて日本式経営を強いるのではないかと恐怖に感じたようだと話されていま した。いわば韓国人にとっては、また日本人(進駐軍)が来たとの感覚です。そのような感じを避けるためには、トップダウンで「韓国にとってよい企業になり、再建を行う」意図を伝える必要があると感じられたようです。(韓国は日本 と違ってトップダウンが徹底しやすい国です。注2)

2.2 再建のための4つのメッセージ

 こうして作られたのが図1の中下の「感性」に 書かれた富士ゼロックスコリアの再建のための4つのメッセージです。

1. 韓国富士ゼロックスは韓国人による韓国のお客様のための韓国企業である。

 社員に、この会社はどんな会社と聞くと韓国の社員は「ゼロックスを売る会社」と言っていたが、私は「韓国のオフィスの生産性を改善し、韓国経済の発展のために尽くす会社だ」と伝えたとお話されました。

2. 会社の経営状況をオープンにする。

 当時の社員の感覚では、会社などどうなるかには関心はなかった、経営はどうであろうと関係なく給料がもらえればいいという感覚でした。すなわち会社に対して忠誠心を持つわけでなく、売上やマーケットシェアの規模など量の拡大を第一にキャッシュフローや利益には関心を持たず、資金状況が悪くなっているのを社員は知らない状況でした。会社が倒産寸前だから日本人経営者がやってきた、ということで社員はみんな驚くことになったのです。以後このようなことが無いように会社情報をオープンにする。さらに、量の拡大経営ではなく、質の経営、 即ち、キャッシュを中心のROA中心経営に変えていくことを社員に伝えたのでした。

3. 変えれるものは変えていいよ。

 韓国は、歴史的には古くから日本が手本としてきた国ですが、いつまでも同じことをしていてはいけない。新しい時代に合うようにするために必要なものは変えていくことを伝えた。

 まさに「不易流行」の精神です。この時代は技術の転換期でアナログからデジタルに変わりつつある時代であった。アナログは単一機能だからコストも安い、デ ジタル機はマルチファンクションだからコストも高い。デジタル複写機の使い方がわからない顧客は廉価なアナログ機を好む。韓国は相も変わらず地縁、血縁、学縁の縁に頼る古いマーケティングスタイルだ。したがって、直販セールスを持つ韓国富士ゼロックス(競合は代理店販売方式)は縁に頼る単なる物売り(セールス)からお客さんの問題点を発掘してソリューションやコンサルテイングする販売(マーケッター)に変えなくてはならない。そのために営業のR&D(教育)に時間とお金をかけて「セールス」を「マーケッター」に変換させた。また、ダウンタウンにソリューションやコンサルテイングを見てもらうショウルームを作りお客さんに見てもらい、韓国の事務生産性向上の必要性を訴求し続けた。

4. これらを実現するために「強い、面白い、優しい会社」を作る。

 高杉氏は、着任すると会社再建のスローガンに「強い、面白い、優しい会社を作ろう」を掲げた。企業はすべてのステークホルダーのために ある。これは企業の社会的責任(CSR)のコンセプトである。株主には配当の出来る財務体質の強い会社。顧客には良い商品、サービスを提供して顧客満足度を高める強い会社。働く社員には社員満足度の高い面白い会社。地域社会や地球環境には優しい会社。唱えることは簡単だがこれを実現することは難しい。このために管理特性を決め、定期的にこれを管理していくことが肝心。

 そのために以下のような管理特性を決めた。

強 い:REVENUE、PBT、ROA  
面白い:従業員満足度  
優しい:社会貢献活動(売り上げの1%

3.よりよいコミュニケーション‥継続は力

 「強い、面白い、優しい会社」の3つの考え方はなかなか伝わらない。特に「優しい」は なかなか伝わらなかった。 優しいのならもっと給与上げてとなる(笑い)。 ボーナスの意味も日本とは違い、会社の業績とは関係ない。このように日本流はなかなか理解いただけないため、誤解や意味不明にならないようにやさしい説明を徹底するために図1の中央にある「活動」の仕を作った。戦略は解らなくてもせめて戦術は解るようにと。


 ビデオの活用(見る社内報) 2か月毎    
 会社の業績、出来事、私の思いなど。 韓国語が不得手のためスーパーインポーズで字幕を写し全国の1200人の社員に伝わるように工夫した。

 社内報(読む社内報)・・年2回    
 業績、出来事、私の思いを伝える。    
 ①.も②.も上意下達のワンウェイコミュニケーション。これでは十分でなくマルチプルなコミュニケーションが必要。そのために以下の工夫をした。

 役員・部長合宿ワークショップ・・四半期毎   
 主に会社の業績についてPDCAを回す。

 役員と一般社員のTalk Plaza(話し合いの広場)・・年2回    
 「強い、面白い、優しい会社」つくりのために一般社員(特に若い社員)との建設的な意見交換会

 役員と組合の労使協議会‥四半期毎

 三現主義に基づいて頻繁に現場を廻る(サムギョプサル会長)    
 頻繁に現場を回り「サムギョプサル」と「焼酎」で社員とコミュニケーションをはかっていたので「サムギョプサル会長」とも呼ばれたそうです注3)

 社内イントラネット導入
といった方法やツールで、事実とデータを社員と共有することにより、社員との信頼関係を確立することにした。

 例えば、1998年度は韓国経済は奈落の底でものが売れない時代であった。管理可能費は徹底的に管理し、固定費の人件費にまで手を付け なくてはいけない状況になり、人件費の中の12月払いのボーナス(準固定費)が払えないことを労使協議会で説明をした。組合は「会長は韓国のことが全く分かっていない、ボーナスを払わないのならストライキも辞さない」と抗戦状態になった。しかし、財務データを示してこの12月は払えないけど、資金に余裕ができたら必ず支払うと約束、組合は半信半疑のまま引き下がった。新年度になり、銀行から借り入れをして旧正月の前に ボーナスを支払った。
 半信半疑の組合は「日本人経営者は嘘をつかなかった」とこのことがきっかけで組合との信頼関係が芽生えた。

4. その結果

 図1の右上にあるような「成果」を得ることができた。

4.1労使無紛争宣言

 経営を透明にして労使和合の精神で、自転車に例えれば「自転車の前輪が経営で後輪が組合」のように、けんかしないで行動する」ことを続けた結果、7年連続無紛賃金交渉妥結ができた。

4.2新労使文化大賞・金大中大統領章受章

 2001年外国人投資企業では最初に労使無争議宣言および「新労使文化大賞の大統領賞」を受賞し、2001年、2004年、2006年の3回にわたり韓国の経済正義 実践市民連合が選定した「優秀外国企業賞(Best Foreign CorporationAward)」」を受賞しました。また、顧客中心のサービスが評価され2008年に「サービス品質革新促進大会」で大統領賞を受賞し、KCSI(韓国産業 顧客満足度)の調査から16年連続で複写機部門で1位を達成しており、顧客満足度部門において業界1位を維持しています。注4)

4.3.「強い、面白い、優しい会社」の評価

<強い会社>   
・ 韓国複写機市場のデジタル化浸透率は断トツの1位   
・ 就任1年で黒字化に成功、以後連続増収増益   
・ ROA経営  毎年改善   
・ 7年連続顧客満足度N0.1    
 経営は点ではなく線で見ることが大事。「こんなに良くなったんだよ・強くなったんだよ」を伝えるためには年間のデーター(点)だけでなく過去の推移や計画との比較(線)などの細部が見えることが大切細部が見えることが大切。

<面白い会社>   
・ 従業員満足度毎年向上(80%以上)

<優しい会社>   
・ 社会貢献活動の実施   
・ ボランティア活動の実施   
・ 障害者団体に複写機寄付   
・ 公園などの環境保護活動に参加   
・ 産業廃棄物撲滅・リサイクル100%挑戦活動     
 地球環境のために産業廃棄物を出さないといった各種ボランティア活動の推進。

5.大統領への提言

 2003年から3年間、蘆大統領の経済諮問委員を任命され、数多くの提言を行ってきた。 例えば、「海外企業を誘致するためには韓国のイメージを変える必要がある」と提言した。

更なるR&D投資を   
 2005年当時  アメリカ1番、日本は2番、韓国は日本の8分の1 やがて韓国は世界に冠たる電子産業国となったが、韓国は自らの手で基礎研究な ど手を汚す地道な研究・開発はやらないで研究者や技術を外から買っ てくる。従って、部品や素材などの主要技術が育たない。     

品質改善‥世界に誇る「八万大蔵経」(品質精神の源泉)  
 品質改善は經濟・地域産業を強くするが、韓国では改善より改革(イノベーション)を指向する傾向があり、改善の考え方は韓国になじんでいない。なぜなら、韓国では1番にならないと評価されないから1番になろうとする傾向があるため。

労使紛争の悪いイメージ払拭を

おわりに

 以上のようなお話をお聞きして作成したのが『図1韓国富士ゼロックスの「強い、面白い、優しい会社」イメージ』です。この図を見ると、 ビジョンの構築は必要だが正論を言うだけでは十分ではない。その国の文化に合った実行方法とその道具を準備し、動機付けを行うコミュニケーションを図って、初めてビジョンの意味が出て来た事例だということが解ります。

 図1の中上にある「理性」の部分を見ると「三現主義(現場、現物、現実)、②Whyを5回繰り返す、③差別化戦略」が取り上げられていますがこれは当時の日本の製造業で盛んに進められていたことで、特に新しいことではありません。中下にある「感性」の部分は「 韓国人による韓国のお客様の会社、会社の状況がオープンな会社、変えれるものは変えていい会社、ステークホルダーにやさしい会社」となっておりますが韓国の部分を日本と読み替えれば日本では特に新しいものではありません。ことによると日本式経営の「仕掛」を文化の違う韓国で実現した成功物語(苦労話)と読めます。

 ポイントは、倉沢氏の『「中国人、韓国人」と日本人が働きにくいワケ』注2)の「日米中カルチャーマップ」にあるように、日中2つのカルチャー(文化)の大きな違いすなわち、決断が合意志向(日)かトップダウン式(中)か、スケジューリングが直線的な時間(日)か柔軟な時間(中)かにあるようです。この資料では中国人と韓国人は同じカルチャーとしています。

 高杉氏は韓国特徴であるのトップダウン式を採用してコミュニケーション機構を強化し、日本的な時間管理(計画性の重視)を強化したと考えられます。すなわちグローバル経営で「文化の違い」をうまく利用して組織運営を行い成功した例と見ることができます。

 いまや韓国にはモノづくりの力があり、厳しい会社倒産を経験した強靭なグローバル精神は、日本より上のようです。日本企業も、中国や韓国から見習うべきところ見つけ取り込む努力をすべき時期です。

 ただし高杉氏の活動した時期からいまや約20年たち、経済環境や技術も急速に変化しています。 実行すべき具体的内容は当然異なってきます。しかしその進め方や根底にある考え方には見習うことが多くあると感じたお話でした。

 また、「強い、面白い、優しい」は異文化のような大プロジェクトでなくても、経歴の異なる人たちが集まって作るチーム組織の活動を纏め る時のヒントにもなりそうです。ベンチャー企業の創業や自業のような何かのプロジェクトを始める時に、コミュニケーションやノミニケーションをやるのも似たような話ではないでしょうか(笑い)。

補足

 コネストの「第41回~高杉暢也さん(元韓国富士ゼロックス会長)」注5)並びに参考文献に、今回お聞きしたお話と同様なことが細かく記載されています。 ご参考までに。

 また、このレポートは私の記憶とメモと下記にあるようなHPを参考にして原稿を作成しましたが、不明なところが多々ありました。そのためプレゼンのお話内容は、高杉氏によるチェックを頂きどうにか完成することができました。お忙しい中、「加筆・訂正」をして頂き本当にありがとうございました。

注1) 江渕崇、「富士フイルムのゼロックス買収、米裁判所が一時差し止め」、朝日新聞デジタル、(https: //digital.asahi.com/articles/ASL4X51B5L4XUHBI01L.html 2018/04/30アクセス)
注2) 倉沢 美左、『「中国人、韓国人」と日本人が働きにくいワケ 合意重視で計画性のある国民性と合わない』東洋經濟オンライン、2017/02/27、 (https://toyokeizai.net/articles/-/160021 2018/05/12アクセス)
注3) サムギョプサル: 韓国の飲食店や家庭で食べる三層の豚の焼き肉のこと( Wikipedia 2018/05/12アクセス)
注4) 富士ゼロックスコリア会社概要(http://www.fujixerox.co.kr/jpn/intro/intro_overview.fxk  2018/05/10アクセス)
注5) コネスト 「第41回~高杉暢也さん(元韓国富士ゼロックス会長)」、(https: //www.konest.com/contents/korean_life_detail.html?id=3487 2018/05/10アクセス)
参考文献 高杉暢也、『「隣の国はパートナー」になれるか』、アジア・ユーラシア総合研究所、2017

2018/05/18
文責 瀬領 浩一