金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

56.イノベーションの探索

-改善運動に慣れた人のために-

東日本大震災、金融危機、円高、新興国からの製品輸入等、最近の日本の製造業の先行きは、明るいものではありません。 これまで得意としてきた製品群も成熟期に入ると、必要以上の品質改善や機能追加を行ってもユーザーはついて来るとは限りません。 さらに新興国の進出や円高により少々の原価低減を行っても、価格競争を戦えなくなってきました。先日もテレビで、 これからの世界は、「成長時代から衰退時代に入ったと考えて備えたほうがいい」などと発言されていた方がいました。全体の傾向としてはそうであっても、 イノベーションのような視点を変えたアプローチを利用して、生き残り組に入ろうと活動している企業も有ります。 今回は従来の日本の改善プロセスに「探索」を加えたイノベーション実現の手順をまと めました。


イノベーションのルーチン化

時代の変化を受け、いまやイノベーションはやり、革新的変化はもと よ り"KAIZEN"までもインクリメンタルイノベーションとして、イノベーションの一つとしている文献もあります。そのような文献の一つJoe Tidd and John Bessant著の"MANAGING INNOVATION"の第4版ではイノベーション実現の手順を

  1. Search - how can we find opportunities for innovations?
  2. Select - what are we going to do - and why?
  3. Implement - how are we going to make it happen?
  4. Capture - how are we going to get the benefits from It.

の4ステップとしています。なお同文献は、本を 補足するホームページ(http://www.managing-innovation.com)で関連 するケーススタディ、演習、ツール、ビデオ、オーディオを掲載しています。まさにインターネット時代の本です。本に書いてあることだけでは不十分と感 ずる人は、ホームページを参照 して学習できるようになっています。

Searchを行動(Action)の1つの形態、Selectを計画 (Plan)の1つの形態、 Implementを実行(Do)の1つの形態、Captureをチェック(Check)の1つの形態と考えると、まさに品質管理のPDCAのサイクルの 開始 ポイントを 探索(Search)に変えたもの同じです。違いは、すでに生産がおこなわれているプロセスの継続的改善を前提とする品質管理では計画(Plan)から 変化が始まる のに対して、新しいことを始めるイノベーションでは探索(Search)から変化が始まるとしていることです。 この関係を絵にしたのが図1です。従来の改善プ ロセスに探索を加え、チェックのところでもう一度探索に戻るか、行動プロセスに移るかを決めるということにします。すでに、日本では改 善プロセスはPDCAと して普及しているので、ここでは新たに追加された探索についてもう少し、詳しく説明させていただきます。

イノベーション・プロセスと改善プロセス
図1 イノベーション・プロセスと改善プロセス

何を探索するのか

まずは「探索プロセス」では何を探索するかが問題です。イノベーションのもととなるのは、技術的なものだけではありません。 その他にもイノベーションを起こす ものや、その兆候とな るものがいろいろ語られています。そのような探索対象の例を以下に挙ます。これらを参考に、思いつくエリアをどんどん描きだしてください。複数の人でやるには、ブレーンストーミングもいい方法です。

シーズ

新しいことを始めるのですから、なんといっても、新しい知識をベースとしたシーズ(技 術的なものとは限りません)が重要な要素でです。シーズのもとなる知識をたどれば以下に示すような、個人的業績やひらめき・地域の特徴・企業のノウハウ・研究機関の活動報告となります。

個人的業績やひらめき:古くはギリシャの哲学者、ローマの技 術者、エジプトの建築家、ペルシャの数学者、中国の医者等の個人的ひらめきの中にシーズがあ ることは確かです。 また最近でもアップルやグーグルに見られるようにほんの少数の人たちのアイデアから発展した商品が情報化社会に 根本的な変化をもたらしているのがこの例です。 しかしこれら個人的業績に関する過去の記録は、組織的研究の成果を特定の個人に代表させて記録しているのかもしれません。

組織グループ・地域グループへ広がり: その後ベニスやフランダースに見るように、特定の地域の発展に新しい知識や技術をもとにした文化的革命が起きたと言われています。

大企業の研究所: 産業革命の成長をとげた大企業は、20世紀に入るとプロダクト、プロセス、技術の研究を通じてさらにその開発力を強化し、 トヨタのKAIZENのようにどんどん新しい製品の開発や製造プロセスのイノベーションが行われるようになってきました。

研究情報の活用:21世紀に入り、企業間の競争がグローバル になり、 商品が製品からシステムへと複雑になってくるとさすがの大企業も1社だけでは必要な技術シーズを すべて生み出すことができなくなり、相互に研究情報を交換をして補わざるを得なくなってきました。 さらには企業や公共の研究機関も研究情報を知財として売り出すようになりました。

ニーズ

現在のような経済至上主義(軍事至上主義も入るかも知れません)の時代では、折角の知識を利用した商品(製品やサービス) もユーザーニーズを満たし、ユーザーに受け入れられなければ収益を上げることができません。 これらは開発として認められるでしょうが、イノベーションにまで至る事はありません。代表的ユーザーのニーズには次のようなものが 考えられ、そのニーズは少しずつ違っています。これらをチェックし、更に、漏れたユーザーがあればそれも追加して探索範囲に加えてください。

社内:社内の不都合、困ったこと、もっとよくしたいこと、 組織間のきしみやフラストレーションも十分ニーズの源となります。

取引先のユーザー:自動車部品、医療機器、半導体装置、化学 薬品等に 代表される取引先のユーザーは、しばしば自社商品の競争力向上に役立つよう な、相談や要求を供給者に求めてくることがあります。こうした要求を満たす機能や性能を取り込む努力は、 イノベーションの動機となることが多いと思われます。

先行的ユーザー:高級車向けABS(アンチ・ブレーキ・シス テム) が多くの自動車に普及し、マッキントッシュのユーザーインターフェースに似たソフトがほ とんどすべてのパソコンのユーザーインターフェースに採用された例のように、先行的ユーザーのニーズを うまく捉えてそれに応えていくこともイノベーションの源となります。

新しいユーザー層:学生、共働きや、忙しいサラリーマンの食 生活にインスタントラーメンやカップラーメンが売れたように、新しく発生した ユーザー層向けに開発した自社商品の広告やブランド化を行いながらその反響を注意深く観察し、 売れ筋と思われる商品を強化して行くイノベーションもあります。

社会的必要性:例えばマイクロファイナンスや機能を絞り込ん だ20万円台の自動車や5000円くらいのパソコンに見るようにBoP(Bottom of Pylamid)の仮説(貧乏人は付加価値の高い高級品は買わない、貧乏人はブランドに無関心、貧乏人に売るのは大変、 貧乏人は高機能品を使えない)に挑戦することも新しいニーズを満足する方法の一つです。

状況変化(一般状況、業界状況、競合)の探索


一方、知識がありニーズを開発してもそれが簡単に実用化しないのは、ダビンチの描いた数多くの図面が まだ実用化していないのを見ても確かです。 まだそのころは、社会のニーズが違ったり関連する実現技術が不十分であったためと考えざるを得ません。 このような変化についても十分知っておく必要がありそうです。このたぐいには、次のようなものがあります。

標準化や技術システムの変更:製品やサービスの品質向上や コスト低減を目的に行われることが多い標準(JIS・ISO・業界)の制定やアナログ放送からデジタル放送へ といった技術システムへの変更もまた、従来システムの陳腐化や使用制限をもたらし、 共通化や新技術を元にした代替製品や新規製品の開発の必要性を生み出します。 こうした変更が引き金となって、関連した全く新しい製品やサービスも生まれることが考えられます。

社会的制約・宗教的制約:医学の進歩や、高度成長の結果達成 した社会保障の制度は、日本の人口における高齢者の増加を増やしました。これらは定年問題や 年金問題に留まらず人生の価値観や労働の在り方に対して社会制度のイノベーションともいえる根本的な見直しを強いています。 仕事を持たず、もしくは持てない高齢者がどうやって生きていくのか、もしくはなぜ生きていくのかといった、 新しい価値観をベースに、イノベーションを考えることができるかもしれません。

資源制約(国内資源・地球資源・環境対応): これまで各国は国内の不足資源を貿易で補い、国際化をベースに経済発展を遂げてきました。 しかしグローバルな発展が進むにつれ、地域間の不平等が誰の目にも明らかになってくると、 資源の偏在がもたらす摩擦が頭をもたげてきました。さらに地球資源の不足や環境悪化が 人類の存在を脅かすようなレベルに達するかも知れないという懸念も出てきました。 恐竜のように巨大化しすぎた生き物が滅び、成長が激しすぎるガン細胞が 自分の生存拠点を滅ぼすのは自然の摂理かもしれません。 イントロで書いたような、世界経済が成長時代から衰退時代に入ったという意見も、 近代科学技術が 地球資源を使いすぎているとの現状認識からの発言かもしれません。こうした人類滅亡へのシナリオに対して、 なんとかそれを遅らそうという環境対応が、現役世代の人々に不便さを強制することになれば、 イノベーションの大きな動機となるかもしれません。ただし、他者を打ち負かして生き残ろうという適者生存の論理が 働けば、反対方向のイノベーションが起きるかもしれません。

体制変更(政治・経済・思想・理論): 体制の変更は、組織の価値観の変化を伴い、政治にしろ、経済にしろ、重点項目が変わり、国民の求めるもの が変化し、重点的投資志向や、ユーザーの志向にも影響を与えます。

事故(おもに人災)や災害: たとえば、今回東日本を襲った大 地震は、日本のエネルギーについての考え方に大きな変化をもたらしたし、原子力以外のエネルギーへの イノベーションを促進する可能性があります。ただ大災害時や戦後復興時のように緊急性や需要増が強くなりすぎると イノベーションは忘れ去られる傾向になるとも言われています。気をつけてその動きを見なくてはいけません。

探索範囲を絞る

前項では何を探索するべきかを、シーズ、ニーズ、状況変化に分けて検討してきましたが、 イノベーション一般論として検討していく作業を進めていくと、探索の範囲がどんどん広がっていきます。 その上イノベーションといわれるような新しい考え方がこの世に出ても、会社に利益をもたらすのはだいぶ先の話です。 何か検索範囲の拡大に歯止めをかける方策を考えておく必要があります。さらに多くの企業では、現在の事業がよほどの利益を上げていない限り、ほとんどの経営資源(人、もの、金)を現状の 事業に 割かざるを得ません。このため社内での、現行製品の改善に対する投資とイノベーションと言われるような 新製品の開発やマーケット開発への経営資源の投入の割合を調整する必要が出てきます。大企業で多くの利益をあげておれば、3Mの 15%ルールやグーグルの20%ルールのように制度化できるかもしれませんが、スタートアップ企業のような規模の小さな場合には、 個人持ちもしくは経営陣のボランティアとなるケースも多いかと思います。 おのずと投資資源は制約されることになります。こうして、普通の会社では、あらゆる可能性を探索する余裕はありません。

検索範囲の絞り込み
図2 検索範囲の絞り込み

探索範囲を絞る方策でリスクが比較的少ないのは、たとえイノベーションの可能性を逃すことはあっても、会社の 現有能力をもとに出来るだけ近いところから始める方法です。まずは図2にあるように自社特有の技術で競争 力のある技術と主要顧客セグメントによって探索エリアを分類します。現行と同質の顧客で改善的技術開発で対応できる商品群は従来通り 商品開発部門が行います。現行と同質顧客に対する革新的な技術開発が必要なものや改善的技術開発だが現行と 異質の顧客に対応するような商品については、イノベーションと考えて、探索対象とします。現行と異 質の顧客で革新的技術開発が必要な商品はリスクが高いので、とりあえず探索範囲から外します。 イノベーション領域にある商品開発が成功したのちに、探索範囲を再検討し、ベンチャー的な開発体制を取って 対応するかどうかを検討することとするといった、シナリオプラニング的検討に留めるという考え方です。

こうして、「現行と同質顧客に対する改善的技術開発」を行う製品開発チームからの情報を参考にしながら、 イノベーション志向のチームは「現行と同質顧客が必要としそうな革新技術の探索」と「現有技術を利用し現行と 異質の顧客ニーズ情報の探索」を行うことにします。そしてその範囲で前項で上げた各種の検索項目の探索を行います。 こうしてまとめられた探索範囲の決定には、経営資源の配分に責任を持てる人の参加があれば、探索を実施するときの摩擦を少なくできます。

この考え方は、 現有能力のところをベンチャー設立メンバーの能力と考えると、ベンチャーの設立にも応用できそうです。

シーズ志向のベンチャーは、図2でいえば革新的技術を持つと考えられますので、同図の上部にあたります。 この場合は、すでに市場をよく知っている人とチームを組むことにより、イノベーション領域に入ります。 一方ニーズ志向のベンチャー企業を起こそうとする場合は、同図の右部に入ります。 この場合は、利用技術について熟練した人と組むことにより、イノベーション領域に入ります。 ベンチャービジネスモデルの構築が必要な初期段階では、シーズ志向にしろニーズ志向にしろ、 もう一方の能力については、すでに実務経験を踏んだパートナーと組む のがよさそうです。 そういえば、ソニーにしろホンダにしろ企業時のパートーナーがイノベーターと違った部分で、 大きな役割を果たしていたことはよく知られています。

どうやって探索するか

こうしていったん、イノベーションの探索範囲を絞りこんだあとは、その検索領域に合った方法で情報を集めることになります

探索結果の整理
図3 探索結果の整理

探索の人脈・ネットワーク

まずは、探索範囲に選ばれた情報がどこにあるかを考えて、次のような人脈やネットワークを作って、 常日頃から情報を集めていきます。

社内ネットワーク:社内の開発プロジェクトはライバル意識がなければ通常はもっとも情報が入 りやすいところです。社内会議や発表会等に参加し、積極的にコミュニケーションを行い、情報を集めます。

社外ネットワーク: 地域クラスター、ソーシャル・ネットワーク、製品開発プロセス、研究開発フォーラム、 新技術開発コンソーシアム、 技術標準作り、供給チェーンの取りまとめ、学会等に参加することにより必要な情報を集めます。 その他にも、学習のネットワークを作ったり、アントレプレ ナーといわれる人々との人脈を構築するのも思いがけないアイデアを集めるには有効です。そういえば、本シリーズの「同 窓会も変わった?」でご報告した、金沢大学の東京支部同窓会での中村信一金沢大学長の「支部の皆さんは、審議会に出席していただいて、貴重な情報を大学に送っていただければあ りがたい。」との発言もこのような、学外ネットワークの一つとなると考えればいいのかもしれません。「大 学も変わった」ものです。

役に立つ考え方の整理

具体的な探索エリアではないのですが、いわゆるイノベーションの定説といわれる、考え方や定説も整理しておきしょう。 たとえば物流、組み立て、生産、設計の領域においてマスカストマーゼーションを実施するためにはどうすればいいか。 一つのエリアで成功した考え方をどんどん発展させて、イノベーションの芽を探すオープンイノベーションの考え方。 たとえば"iPad"のようにイノベーションというのは全く新しいもので構成されているものは 意外と少なく、従来からあるものを新たに組み直し、ちょっと新しい考え方を追加したものが多いことなどいろいろな情報が集まってくるかと思います。 このようにして集まった新しい考え方や手法は、資料を整理し関係者が容易に参照できるようにしておきます。

検索活動をまとめる

検索活動の結果集めた情報の整理にあたっては以下のようなことを考慮しながらすすめます。

将来を思い描く:  検索の結果、想定される状況が自社に影響を与える可能性とその兆候をシナリオプラニングやテクノロジーロードマッピング等の 手法を使って自社の将来のあり方やの可能性を描いておく。 出来上がった将来像を魚眼マンダラ風(通常の9コマのマンダラ図を魚眼レンズで見たような、中央部を大きくしたマンダラ図)にまとめておくと、他の人に説明するときに役立ちます。

Webを活用する:  通信技術や仮想世界を利用して世の中の新しい動向を知る

現状の改革や変化を起しそうな人々とのおつきあいを深める:  言っていることではなく、どう行動しているかで付き合う人を決める。

主流派と付き合う:  主流派の人々を自分の製品やサービスの開発に巻き込む。

学習する組織を構築する:  多様性のある人やチームを作る、創造性開発ツールを導入・活用する、社内起業家や社内事業家を育成する。

実践しながら学ぶ:  場合によっては試作品を関係者に持ち込み、評価や批判を得る。 社内ベンチャー制度の利用もしくは導入をはかる。

ブローカーや仲介者を利用する: 業界情報やアイデアを社内に 取り入れる。

競合情報をまとめておく:  このためには、常日頃から競合他社によって自社技術の模倣や機能拡張によるイノベーションが行われていないか、販売レ ポート等を使って、全社で監視しておかなくてはなりません。

これらの情報の整理のポイントは、単に集めた外部情報だけではなくて、情報入手の方法、日付とともに、 自社に適用したらどうなるかを思いつくままに書き加えておくことです。  さらに、これらのいくつかくは情報処理の技術を使って、ある程度の自動化を図れるかもしれません。

研究機関向け追記

ここまで、改善運動に慣れた会社が、イノベーションを目指した検索について考えるべきことを、述べてきました。 研究機関のメンバーの多くはすでに、自分の研究活動について、文献検索や学会への参加等、 ここで前提とした一般的会社以上の検索を行っています。今後、研究成果の実用化に発展させる時には、 ここで述べてきた自社を自分の研究機関シーズは自分の研究成果顧客をお付き合いしているもしくはする可能性のある企業や研究機関・学生 と考えれば、同様なアプローチが可能になります。

2011/10/10
文責 瀬領浩一