金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

74.若者の力を生かす仕組み

~アントレプレナーコンテストに参加して~

はじめに

平成24年12月14日(金)15時00分より、自然科学系図書館棟G1階G15会議室で、金沢大学の「平成24年度 アントレプレナーコンテスト」の発表、審査、表彰会が行われました。発表された中に、「教授の格付けを行うことにより教育の質を高める」といった大学の改革につながりそうな面白いお話がありましたので、今回はそのあたりを中心にまとめてみました。こんな商売がなりたつものか考えながら、気軽にお読みください。

アントレプレナーコンテスト概要

 アントレプレナーコンテストは、平成11年度から金沢大学の学生を対象として開始されたもので、今回で14回目です。

今回の発表タイトルならびに発表者は以下の通りでした。

 

番号

タイトル

発表者

所属

名前

お客様は学生~教授みしゅらん~

理工学域機械工学類4年

穴山 塁

高齢者とタブレットを救う!

理工学域機械工学類1年

宇都宮 一馬、大竹 崇彦

TUNAGARI~ミンナで学校へ行こう!!~

理工学域環境デザイン学類4年

堀場 一平

グリーフサポート~残された家族が有意義に暮らすために~

医薬保健学域薬学類5年

松崎 優

「世界中のあらゆるモノを"シェア "する次世代総合検索サイト「SharEarth」

自然科学研究科機械科学専攻M

太田 寿英

モノづくりコミュニティサイト~IDEA.1~

自然科学研究科機械科学専攻M2

坪川 十和

指1本!で分かるあなたの健康~車で健康チェック!~

自然科学研究科機械科学専攻 M2

花木 翔太

『マイ薬剤師』アプリ~急な体調不良時にあなたのお薬選びを助ける~

医学系研究科創薬科学専攻 M2

後町 陽子

騒音検知システム "Noise Scope"

自然科学研究科機械科学専攻M1

若林 郁也

 発表者は学部並びに博士課程の学生さん、そして専攻は自然科学ならびに医学系の学生さんでした。以前からの工学系の学生さんを中心とした研究成果の実用化を目指すシーズ指向の発表に加えて、ニーズ指向のサービスに焦点を当てた発表が増えているようです。それとともにアントレプレナーコンテストへの参加者も意識が変わってきているように感じました。

審査員は次のとおりでした。

 

氏名

所属・役職

細野 昭雄

株式会社アイ・オー・データ機器 代表取締役社長

丹野 博

株式会社キュービクス 代表取締役社長

髙橋 光信

理工研究域 物質化学系・応用化学コース 教授

瀬領 浩一

先端科学・イノベーション推進機構 客員教授

 

 今回も、「熱意をもって相手が聞きたいことを話す」でご説明した平成23年度のアントレプレナーコンテストと同じように、素晴らしい説明をお聞きすることができました。 皆さん上手に現状の問題点をとらえ、それを解決する自分のプランを作成し、それを見事に審査員の前でプレゼンされました。

 舞台裏では、以下の金沢大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー (先端科学・イノベーション推進機構)の皆さんの

氏名

所属・役職

コーディネーター

田村 和弘

先端科学・イノベーション推進機構 ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー長

林 欽也

先端科学・イノベーション推進機構 アドバイザー

粟 正治

先端科学・イノベーション推進機構 アドバイザー

事務局

塚林 美沙

先端科学・イノベーション推進機構

コーディネートのもと、コンテスト発表に至る次のようなプログラムが実施されました。
7月:アントレプレナー学入門受講の学部学生に対して、アントレプレナー基礎セミナーと本コンテストに対する説明と勧誘を実施。
8月~10月:計3回の説明会を設け、一般学生への応募勧誘を実施。
10月初旬~:本コンテストのプロポーザル提出の後、コンテストの参加者は商品開発セミナー、知財セミナー、プレゼンセミナー、ビジネスプランセミナーに参加し準備万端でコンテストに臨まれました。

たんにアイデアをまとめるだけでなく、他人に訴える能力をも鍛える素晴らしいプログラムです。 その上、優秀者は賞金までいただけるのですから、こんな楽しいプログラムはそうそうありません。

 なお、本年の表彰者は以下の通りでした。

 

&nbsp

テーマ

発表者

最優秀賞

騒音検知システム "Noise Scope"

若林 郁也

優秀賞

指1本!で分かるあなたの健康~車で健康チェック!~

花木 翔太

マイ薬剤師』アプリ~急な体調不良時にあなたのお薬選びを助ける~

後町 陽子

 

図 1 表彰者の写真

  

プログラムの詳細や発表内容にご興味のあり、詳細をお知りになりたい方は下記にご連絡先・ご相談ください。
金沢大学ベンチャー・ビジネス・ラボラトリー 林、塚林
〒920-1192 金沢市角間町
T E L :076-234-6874
F A X : 076-234-6875
E-mail:kvbl@adm.kanazawa-u.ac.jp

「教授みしゅらん」?

 これらの、受賞者以外の皆さんの発表もみな素晴らしいものでした。中でも私の個人的な興味を引いたのが、1番に発表された「お客様は学生~教授みしゅらん~」です。ところで、これを読まれている皆さんは「教授みしゅらん」というタイトルで何を連想されますか?そうなんです、レストランの評価を星の数で表すことで知られるレストラン・ホテルガイド「みしゅらん」と同じように、「教授を評価し、教授の評価を上げるサービスを提供するベンチャービジネス」を始めようというものです。

 穴山さんがこのビジネスを思いついたのは、2011年から2012年にかけての交換留学に参加し、アメリカで授業を受けてきた経験があったからということです。アメリカでの授業はそれまで金沢大学で受けていた講義より面白く、その講義力の差に驚きを感じたと説明されていました。確かにNHKの番組、白熱教室を見ていてもその面白さには心を打たれます。その根底には教授は大学から給料をもらっており、その原資は学生が大学に払う授業料である。従って学生は教授のお客さんである。授業での学生が少ない、すなわち多くのお客様を集められない魅力の少ない教授の評価は低く、そのようなことの続く教授は大学から解雇される可能性があるという体験だそうです。大学のほうも、学生の満足度を上げるために、他大学の有名な講義を取り入れる、e-ラーニング向け教材の提供、e-教材や動画を取り入れるといった対策は取られているが、やはり面白い教育を実現するためには教授の能力アップ(何を学生に提供出来るか)が必要と考えたようです。

 まさにこの仕組みをベンチャーで支えようというのが穴山さんの提案です。そのアプローチは、以前に「性能と効能」で説明した考え方と同じです。「教授は教育を通じて、学生にどのようなメリット(効能)をもたらすかが重要であり、どのような講義をおこなっているか(機能)ではない」ということを留学中に体験したようです。

 このプレゼンを聞きながら、よく似たことを、ほぼ10年近く前、私が金沢大学に赴任したばかりの時に感じ、当時の共同研究センターニュース2003年9号に「大学はサービス業」という記事を書いたのを思いだしていました。図2はその記事の中で、大学のサービスの説明に使ったものです。

図 2 大学はサービス業

  

 10年前に気付いていながらたいした改善を行うことなく今を迎え、ベンチャーコンテストで、学生から私なら教育の部分をこうやると突きつけられた感じでした。同じようなことは、この場におられた、他の学校関係者も感じられたのではないかと思います。

大学の顧客指向を目指して

 問題は、この点なのです。教える立場にある「教師が、学生から学ぶ必要がある」時代がやってきたようなのです。

 大学発ベンチャーについて書かれた「CAMPUS CEO」(注1参照)という本には、入学希望者が大学を選ぶ時の参考にすべき評価ポイントが説明されています。そこには、アントレプレナーに対する体制はどこの大学でも同じではないとして、 大学のアントレプレナーシップを評価する10個の方法を紹介しています。ちなみに、今回とりあげたアントレプレナーコンテストも、5番目の評価項目business plan contest として取り上げられています。それらの評価項目を見て自分の期待するスタッフがいるかどうかを調べて入学するようにとも書かれています。これを読みながら、アメリカでは高校生の頃からアントレプレナーになりたいと意識している人がいるのだと、驚きました。他にも学生さんが大学を選ぶときに参考にするような「College Ranking Lists」(注2参照)もあります。そこには大学についての種々のランキングリストが発表されています。

 日本においても、大学進学を目指す高校卒業生が減少している現在、社会人も視野にいれて大学は顧客視点での評価に答えられない大学は定員割れを起こすことになりかねません。大学が入学試験で受験生を選択する前に、大学進学希望者が、大学を選択する時代が始まっているようです。すでに週刊朝日進学MOOKが出版している大学ランキングが発表されています。これからの大学予備校も、単に受験のための講義を行うだけでなく、「予備校生の特性と望んでいること」にあわせ、「人生の付加価値を大きく増やすサービス」を提供できる可能性のある進学校を決めるよう、指導する時代になりそうです。

 こうなると、授業は顧客視点のサービス提供の場の一つとなります。したがって、「最近の新入生の質の低下はひどい。これでは教育効果が上がるはずがない」などと考えている大学や教師には、顧客を増やすチャンスはありません。こんな態度では顧客である学生はどんどん減っていきます。原因を他責にしていては、問題は解決できません。沢山の高校生や社会人の中からやる気のある新入生を確保するために、「自分に欠けていることはなにか、問題を解決するために自分はどのような行動をとればいいか」と自責としてとらえ対策をとらないと対応できません。それも、まだ問題を他責と考えている教師が多く残っている間に実行しなくては、効果はありません。プレゼンターの穴山さんはこのようなことが日本の大学にも必要になってくるだろうと考えて、大学発アントレプレナーのチャンス到来と応募されたわけです。

 大学のすべての教授が教育だけに従事しているわけではありません。図2にあるように、なかには研究に重点を置き真理や原理の発見に注力し国の研究資金を獲得し画期的な発見をされている方もいらっしゃるだろうし、社会貢献の一環として企業との共同研究や共同開発に注力し大量の研究資金や開発資金や人材を集めて研究を推進される方もいらっしゃるでしょうし、大学病院の先生のように難病を直すことに注力され地域社会から高い評価を得ている方もいらっしゃるかと思います。したがって、「教授みしゅらん」もこれまで論議してきたような教育だけを対象にしていていいわけではありません。「College Ranking Lists」(注2参照)にもいろいろなランキングリストが有るように、顧客に合わせいろいろな専門を持ったサービスユニットを増やし、事業エリアを拡大させる可能性もある、有望なビジネスエリアです。ただ大手予備校の経営者がこのビジネスエリアを見逃すはずがありません。私が、審査員として一番心配し、お聞きしたかったのはこのための差別化戦略でした。

学生からの提案の重要性

 大学や教授の将来を開くような提案が学生からでてくる状況は、まさに現在の日本の現状を反映しているようです。これこそアントレプレナーの存在価値です。現在の日本に蔓延する閉塞感は過去の成功体験がもはや通用しなくなっている証拠です。ところが、経済環境が激変していることを軽く見ている企業では、すでに時代遅れになったもの中心ビジネスの成功体験者が後を継ぎ、自分の成功体験をベースにしたようなアドバイスや改革を行いがちです。こうして、ますます事態を悪化させてきたと考えざるをえません。そして、そこに人材を送り込むべき大学も改革(イノベーション)案の提案者としての意識が少ないとしたら、日本の将来は絶望専的です。

 そこでこの後は、先行してほしい、大学の教育の提供の現状を見ていきます。学生の意識激変の背景には①産業革命の成果を根本的に変えてしまう原因となっているITCを使いこなせる世代であることと、②ある程度の生活レベルが保障された人生を送っている親を見て育った若者のマインドセットの変化が有るように思います。

図 3 「教授みしゅらん」の位置づけ 

 

 この世代の学生にとってITCの普及により新しい知識を得ることに関してはすでにほとんど、教授と同等なレベルになっています。その上ITCサービスサービスのほうが、大学で受ける講義より安くつくことが多くなっています。(時には無料の場合もあるくらいです。)そのため教授は単なる知識以上の情報を盛り込んだ教育を行わないと、ITCサービスサービスに代替されてしまう時代となってしまったのです。

 グローバルマインドについても、私の学生時代とは異なり、すでに海外旅行の経験を持つ学生のほうが多い時代です。その上ほとんどの人は、マスコミや、インターネットのホームページ、SNSを利用しており異なった価値観を持った人たちが共存していることを知っています。正解が一つと言うのは非常に特殊なケースで、ほとんどは複数の解が有り、どれが生き残るかは、意見を出した参加者の能力次第であるということを、身をもって体験させる必要があります。

 このような状況で、教授は知識伝達以上のもの、すなわち「学習の機会」を提供する必要があります。そのような教育改革を行うためには、新しいマインドセット・能力を持つ人の参加も必要です。図3に有るように新しい可能性が有るのは、若いITCに熟達している人、マインドセットはグローバルな視野を持てる体験をした人です。海外留学経験のある大学生はこのような人の候補者かもしれません。しかし組織運営の経験の少ない人に大きな仕事を任せると、期待を寄せたはずの政権交代と同じように、未熟から来る大失敗で幕を引くことになるかもしれません。そこで、若いうちはアントレプレナー的仕事をこなしながらリカバリー可能な失敗を出来るだけ多く経験し、大きな仕事はその後多くの失敗を克服した経験のある方々にまかせる案が浮かびます。

 こうした新しい事業の価値を見つけその事業計画の作成方法を学ぶことこそ、大学でのアントレプレナーコンテストの目的であり、今回の参加者はそのような体験をしたはずです。 出来ることなら、このあと、実際にアントレプレナーとして、自分の作った計画を実施していく人がでてくることを祈るばかりです。大学としてもこのような意欲が有り、計画性と実行力のある「若者の力を生かす」ためにはもっと「若者の活躍できる仕組み」さらに整備していく必要がありそうです。

(注1) 「CAMPUS CEO」 RANDALPINKETT  KAPLAN PUBLISHING 2007 3p PART ONE Starting Your Business 1.All Campus Are Not Created Equal-Weighing Your Option にある10個の方法とは次のとおりです。

  • 1. National entrepreneurship rankings
  • 2. Faculty
  • 3. Courses and overall focus on entrepreneurship
  • 4. Specialty offerings
  • 5. Business plan competitions
  • 6. Investor activities
  • 7. Awards and grants
  • 8. Campus-specific considerations
  • 9. Incubator programs
  • 10. Alumni resources

(注2) College Ranking Listsには次のようなリストが掲示されています。

Best College Rankings and Lists

  •   National University Rankings
  •   National Liberal Arts College Rankings
  •   Regional Universities Rankings
  •   Regional Colleges Rankings
  •   Most Connected Colleges Rankings

More Rankings

  •   Best Undergraduate Business Programs
  •   Best Undergraduate Engineering Programs
  •   Best Undergraduate Engineering Programs (where doctorate is highest degree)
  •   Best Undergraduate Engineering Programs (where doctorate not offered)
  •   Historically Black Colleges and Universities Ranking
  •   Best Undergraduate Teaching
  •   Top Public Schools

  

2013/01/08
文責 瀬領浩一