金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

101.シリコンバレーに学ぶ人材活用術

魚眼マンダラで状況把握

はじめに

 2015年11月に経営工学研究会の「日本再興とMOT研究会」で「シリコンバレーに学ぶ人材活用術」というテーマでお話する機会をいただきました。研究会のホームページによれば、この研究会の目的は「日本企業を取り巻く内外の環境変化、構造的な問題点等を再認識し、将来の日本の再興の可能性を探る中で、その支援に役立つMOTについての研究もします。」と なっています。

 お話した内容は、私の企業勤務時代にたまたま何回か訪れたシリコンバレーでの皆さんが活動されている 様子を参考に、大学院の院生にお話した「人材活用術」を企業の皆さんにも知ってもらおうと纏めたものです。

話の概要

 今回参加された、企業や公的機関の活動に参加されていらっしゃる皆さんのお名前と所属をお聞きし研究会の目的を考え合わせ、研究会では、図1のような内容でお話をさせて頂きました。

シリコンバレーに学ぶ人材活用術 概要
図1 シリコンバレーに学ぶ人材活用術 概要 

 図1の右上から左下へは今回の話のテーマについての基本的考え方です。シリコンバレーで感じたことを思い合わせると、皆さんが「MOTを活用して日本企業を再興するには、皆さん自身が率先して何かを始める。」という考え方です(隗より始めよ)。説明は図1の左下から右上の太い矢印で繋がれた角が丸い枠で囲んだ部分(ステップ)です(一歩一歩)。すなわち私の自己紹介から金沢大学で人材活用術の経験、そしてそれを生かす起業家思考図(自業家思考図)をモノづくりとココロづくりに活かしましょうという順でお話しました。

 また角が丸い四角(ステップ)に細い矢印で繋がれた四角は、各ステップでお話した主な入力情報 (例えば前提条件)若しくは主な出力情報(結果)です。例えば「自己紹介」の上にある「柔軟な発想」で 説明した内容はシリコンバレーに関する資料(本、ホームページ)から得られる一般的な、「オープン」 「失敗に関する寛容」「支援組織」といった情報です。

 自己紹介とともにお話したシリコンバレーで学んだ事は、このシリーズの「イノベーティブなベンチャー」での大前研一氏のお話としてまとめさせていただいていますのでそちらをご参照ください。起業家思考図については、 「自業の夢を描く」で述べた自業家思考図とほとんど同じですのでここでは人材活用術を中心に話を進めます。

人材活用術について

 私が金沢大学の共同研究センター(当時の名前)に赴任した時(2003年)、上司から金沢大学のMOTの検討をするよう指示されました。着任したばかりで大学の習慣も何も分からない中で、シリコンバレーや先行事例を参考にとりあえず次の6つの講義を教職員→学生→卒業生を対象にMOT塾としてはじめませんかと提案しました。この時思い浮かべていたのが、シリコンバレーのスタンフォード大学のキャンパスのオープンな雰囲気とアップル本社の形式張らないオフィス並びに会議でした。

MOT塾の提案と決定


 結果的には、2003年7月より同表の右にあるような素晴らしいお名前の講義がはじまりました。この6つの講義の中で私が主に担当していた「人材活用術」だけは「論」でなく「術」とさせていただきました。理由は、長らく企業に勤めていて論などという立派な体系を持っていなかったため術という名前で登録させて頂いたということです。

 こうして、始まったMOT塾も今やMOTと名を変えて、続いていますが人材活用術は、2014年を持って終了致しました。

人材活用術の目的

 人材活用術の目的は、図2にあるように受講者が自分の人間関係構築に必要な活動とそのために必要な考え方を纏めることです(自分が主題)。まとめるために必要若しくは参考になりそうな考え方・ツールのお話はしましたが、その力を発揮するために必要な技能の獲得方法にまでは言及していません。

人材活用術の目的
図2 人材活用術の目的 

 人材活用術の目的は次の4つの技術を活かした人生を送ることとしました。
1.状況を把握し論理思考によりそれを整理し、どのよう変化が起きるかを予測し必要な準備を行う。
2.論理思考とその表現技術を組み合わせて、周りの人に適切に伝える方法を学ぶ。
3.更に自分の過去を見つめ直し、自分の得意技を生かすような活動戦略を立てる。
4.上記3つの対策を元に、組織内、チーム内、組織、社会の人々との人間関係を構築する方法を学ぶ。

人材活用術の講義(シラバス)

人材活用術の講義(シラバス)
図3 人材活用術の講義
画面をクリックすると拡大図が見られます

 講義内容は、図3人材活用術の講義に示された15回です。15回の講義は8つのグループに分けられています。
 この講義ではオムニバス方式をとっており、講師の方々のスケジュールの都合により順序が入れ替わり、必ずしもテーマ毎に進められていません。例えば「研究・技術リーダーの役割」では「研究・技術リーダーに期待すること」は第3回、それをモノづくりにまで展開する「変化に対応する」は第14回と3ヶ月くらい時間が空いてしまいました。このためお話する内容をそれまでの講義の進捗に合わせて修正せざるを得ないものもありました。しかしそれ以上に、普段は大学の教員からけない各界の専門家のお話を聞けることは受講者にとっては新鮮なことと割り切ってオムニバス方式を採用致しました。

 講義の体系は図3の青枠部分の「何かが変わろうとしている」「人脈づくり」の外部部要因、赤枠の 「よりどころ」「立ち位置」「自分への備え」が受講者各人の個人要因、その制約(要因)の下でそしてこれまでの日本を支えてきた「会社人間」の時代から「研究・技術リーダ新しい役割」を果たせるように なるために、「人材育成と人材発掘」のチャンスを最大現に生かす方法を考えていくというものです。

講義項目(技術・考え方)

 各講義の中で、各講師から者がお話いただいた講義項目(技術・考え方)は図4の通りです。

講義項目(技術・考え方)
図4 講義項目(技術・考え方)

 図4から講義項目は「世の中の動向を知り」「何を期待されているのか」を自覚した上で、自分の 「強みを生かす準備」をしながら「自分の将来計画を作り」、「チームを作り」そのチームの「事業の計画作る」 等に関する、色々な技術や考え方であることがお分かりかと思います。すなわち授業での調査・研究対象(主題) は自分なのです。これらの講義の多くは(全てではありません)、今後の社会生活に役立つように講義項目毎に A3の用紙1枚に纏め受講者に配りました。

 講義の進め方は講師が説明したあと、宿題が出され、翌週の講義の最初に数人が前回の宿題を発表し、皆で感想を述べ合います。そのあと当日の新しいテーマについて講師が説明すると言う方法で行われました。こうして受講者には自分の考え方を皆の前で発表する機会が与えられるようにしました(アイデアのまとめと プレゼンテーションの実施)。更に翌週には講師が全員のレポートをまとめたA3 一枚の用紙が配られ、全員が他の人たちは何を考えているかを、シェアできるようにしました。これを行ったのは私の担当分だけでしたが、やってみると大変手間の掛かる方法でした。しかしながら受講生の皆さんが何を考えているかを知るには非常にいい方法でした。

 受講者のレポートを一つに纏める作業をしながら私が感じたことは、今の学生は決して物事をいい加減に考えているわけでも、学ぶことを軽視しているわけでもないと言うことです。みなさん真剣に物事に取り組んでいることを感じました。レポートを一枚に纏める私には、手間がかかることでしたが新しい技術や顧客を知るいい機会となりました。こうして私にとっても学ぶことが多い講義でした。まさに「教えることは学ぶこと」を体験できた講義でした。

 とはいえ、アルバイト、インターン、共同研究といった限られた社会経験しか持たない院生が受講生です。さらに彼ら彼女たちのこれまでの実務経験は作業担当や専門家担当が中心ですから、どうしてもレポートは問題解決型になり課題解決型にはなりませんでした。

 しかし、今の若者は柔軟で現実思考であることは間違いありません。このような人たちに適切なテーマを与えれば、今の日本の閉塞した現状を改善できないわけはありません。これが出来ないとすれば、そのような独創性を発揮させない今の企業組織等の仕組みやマネージャーに問題があるのではないでしょうかとお話しました。

起業家思考図(=自業家思考図)

 この後、参加者から、現在の日本企業の再興を妨げる原因・悩みについて具体的なお話をもとに、どうするべきかと言う質問を頂きました。私はいつまでも間違った方向に進んでいる組織が破綻してもそれは正しい道を歩んでいる他の企業の助けになるだけで、日本再興の邪魔になることはないくらいの気持ちでおやりになったらいかがでしょう。と少々過激な冗談を言ってしまいました。

 冗談はさておき、間違っていると思う組織のやり方を正す方法を探す時に、「自業の夢を描く」で説明した今の「自分の立場」を中心に検討するのはいかがでしょうかというのが私の提案です。

今の自分と関わる人たち
図5 今の自分と周りの人たち

 さらに、日本再興とMOT研究会に参加されている、この会に参加されている方々場合は、少なくとも「過去」には過去の技術、「今」にはMOTさらに「夢」には日本企業の再興に関する項目を入れて、まずは今の自分をベースとした魚眼マンダラを描くことをお勧め致しました(図8左図参照)。こうして今の自分の立場を描き上げることができたら次のステップです。

 例えば上司が自分の意見を通さないのはなぜかと考えるときには、図5の右側にあるような、上司の立場にたって同様な魚眼マンダラを作成しそれを前提として自分が今できることを見直す。会社の方針がおかしいのでは感じた時にはトップの立場若しくは擬人化した会社それ自体の立場で魚眼マンダラを作り問題を探る。またコンサルタントとして顧客とお話をする時には、顧客組織の立場と顧客の担当者の立場の2つの魚眼マンダラを作成し、顧客に役立つ対策を担当者に提案して見る。といった方法をお話しました。

 このままでは組織が危ないと自覚したた時には、自業に挑戦し成功事例をもとに周りの人々を説得するか、自分にあった仕事の担当若しくは働く部門に変えて自分のやりたいことを実現する方法があります(移動・転勤 を申しでる)。

 こうして自分が正しいと思っていることを実現する方法を取らない限り、いつの日かその組織は衰退すると感じた時には、プランBを用意しておきましょう。勤務を続けながら時間を作り、同時にプランBの自業に挑戦すれば新しい人脈を獲得することもできます。この時、大切なことは今の組織での給与額(簿価)より高いオープン市場での給与額(時価)を目指すことです。いつまでたっても、簿価より高い時価が獲得できない時は、自分が良い方法と思っていることが現在所属している組織で採用されないのは当然としても、市場でも 評価されないということだ(失敗する)と割り切り自業の転進(方向転換)を図りましょう。

おわりに

 このあと、モノづくりとココロづくりということで私がこれまでに体験した製造業の現状を簡単にお話しました。最後に今一度起業家思考図の今の自分の図を作成することをオススメいたしました。試しに私の ケースについて作成してみると、 自業の夢を描くで作成した個人の立場はあまり変わりませんでした。この結果アクティブシニアとして考えることと、現役の組織人として考えることにはそれほど差異は無いことが分かりました。基本的な違いは活動の対象となる相手の魚眼マンダラが違うことのようです。(当然の ことですが活動の対象によって自分の立場は変わります)。

2015/12/10
文責 瀬領浩一