金沢大学先端科学・社会共創推進機構

VBL

54.新しいものづくりの火を起こさなくては

-2011年大学キャラバン隊に参加して-

本年も2011年7月22日(財]川崎市産業振興財団主催の大学キャラバン隊に参加しました。 今回はそのご報告です。
大学 キャラバン隊の趣旨はこのシリーズの「会社発展の道筋」と「産学連携のネタ探し」にも報告させていただいているように、" 企業と大学に顔の見える相互信頼関係づくり"に向けて、近隣大学関係係 者等による企業見学を定期的に実施しているものです。 

参加者は以下の通りでした。

所属
訪 問企業 さとう製作所
(有)堀端製作所
(有)十川工業
(有)姿栄工業
信明ライト工業
大学等 神奈川工業大学 工学教 育研究推進機構
金沢大学 イノベーンョ ン創成センター
神奈川大学 研究支援部
㈱キャンパスクリエイト(電気通信大学産学官連携センタ一)
横浜国立大学
東邦総合職業技術学校  工業技術・継承課
支援機関 )神 奈川科学技術アカデミーイノベーションセンター 
川崎商工会議所 中小企 業振興部、企画広報部
関東産業経済産業局
(財)相模原市産業振興 財団
報道 日刊工業新聞
事務局 ()川 崎市産業振興財団

集合は等々力アリーナのすぐそば

今回は神奈川県川崎市のJR南武線の小杉駅からバスで10分、等々力緑地の市民ミュージアム近くの等々力工業会を訪問しました。  会場に向かう途中で見て気がついたのですが、そこは緑地公園敷地同然であり、昨年参加した川崎多摩川マラソ ンの出発地のすぐ近くでした。 今年もまた11月にはマラソンが予定されています。(余談です)

講義をされる佐藤社長
1 展示製品のご説明

集合場所の展示会場には、写真にあるように等々力工 業会に参加されている会社様の製品が展示されていました。 そこで訪問工場のご説明をお聞きしたあと、 工業会の佐藤会長から、展示品について、一つひとつ 丁寧なご説明をいただきました。 そこには、大きいものから小さいものまで、さ らには工業製品から芸術品まで各種の製品が展示されておりました。  ご興味のあるお方はぜひ等々力工業会をご訪問になるか、等々力工業会のホームページを ご覧ください。

産業廃棄物から芸術作品が
図2 廃材から芸術作品が

 なかでも、神奈川デザイン機構様と一緒に制作している、工場の廃材から作った数々の芸術作品は 他の工業製品の展示会場ではめったにお目にかかれません。 たとえば、写真に見るように、蝶々のような昆虫、模型ガンダムの模型、三面鏡といった芸術品が 展示されていました。これらは、工場から出た廃材を利用して、神奈川デザイン機構の皆さんが 中心となって制作されたものだそうです。今年の夏休みには、デザイン機構の皆さんが指導して 作品を作る親子イベントに出品とのことでした。

いい評判を得て、これをビジネスとして立ち上げていくかといったことも考えていらっしゃるようです。 すでに、この工業会に参加されている工場から 出た小さくて形のそろったステンレスの廃材から作ったパッケージ(商品名「メタル・パッチワーク」)が、 棚に並んでいました。いろいろなかたちをした小さくてきらきら光る金属です。これらを材料とする芸 術品が生まれるなんて考えるだけでも楽しくなります。 中小企業の集まりの中から誕生する「新しいビジネスモデル」 となるかも知れません。

長周期地震動にも対応する免震テーブル

免震テーブル
図3 免震テーブル

今 回の見学の目玉の一つは、上記写真にある免震テーブルでした。このテーブルの説明はこのプロジェクトの代表を務められた(有)堀端製作所の堀端社長か らいただきました。このテーブルは「振幅が大きくなると移動に対する摩擦が大きくなる仕組みと、振動でテーブルが動くと元に戻そうとするばねの有効長 が変化し、固有振動が変化するために地震との共振を防ぐ構造からなっているのです」と、難しいご説明をいただきました。大学関係者が参加しているとはい え、ずいぶん専門的なご説明です。聞いて見れば、この製品は、明治大学の大亦教授との共同研究により開発されたとのこと、説明が専門的なのも理解できま した。この研究には、代表の(有)堀端製作所以外にも今回見学もさせていただいた、サトウ製作所、(有)姿栄工業、(有)十川工業さんをはじめとした5 社が「チーム等々力」として参加されている とのことでした。そしてこの商品は「かながわ産業Navi大賞」 の奨励賞を受賞されたとのことでした。

「売れていますか?」、との参加者からの質問に対して、いくつかは売れてはいるのですが、まだまだ期待したほどではないとのお返事でした。いろいろ な美術館にお声をかけても、免震テーブルを購入する予算が取れないので、地震で壊れあと修理するしかないとのお答えが多いとのことだそうです。確かに、 すでに修理の履歴のある美術品ではそれでも仕方ありません。こうなると、いまだ修理されたことのない、国宝級の美術品か、国や大規模組織の中枢で、破壊 されると大損害もしくは大災害を招くような機器・設備といったところにピンポイントでアプローチすることから始めることも必要かもしれません。

シーズとニーズのマトリックス分析(手 法については「ビ ジネスチャンスはどこに」を参照)のような技法を使って分析を進めながら、製品の構造・狙う価格帯・機能を変えていく必要がありそう な商品です。これは前回の「研究開発者はアントレプレナー? 」で報告した新製品開発手法検討の事例に使えそうです。そこでも課題となったリーディング顧客(先 行的顧客)のニーズにどう対応するかといった、アントレプレナー的ビジネスの典型的なケースです。試作品の提出は1回では済まないかもしれ ないし、市場は国内だけではないかもしれないし、対策が必要なのは地震だけではないかもしれないといった、視点を変えたアプローチをするとどんどん適用範 囲が広がるような気がしました。

熱硬化性プラスチック素材の制作

熱硬化性プラスチック素材
図 4  熱硬化性プラスチック素材

信 明ライト工業株式会社様の見学は、プラスチックと言えば塩化ビニールやポリエチレンといった熱可塑性のプラスチックしか思い浮かばなかった私には、かなり ショックな見学でした。信明ライト工業様は熱硬化性の樹脂を使って写真のような素材を作る会社です。事前に嵯峨社長から概要をお聞きした時、大学 関係 者から、「成型前の原料はどんな形をしているのですか?」といった質問が出ましたが、社長はこの後の見学の時に見てくださいと御笑いになるばかりでした。 実際に見学して分かったことは、熱硬化性樹脂のシートを積層成形する方法でした。すなわち熱硬化性のシートを巻きつけて加熱しパイプ状にしたり、角材 に 巻きつけ加熱したあとカットすることによりL字型にするといった方法で基本的な形を作り、高温にし て硬化させたのち仕上 げ加工を行って、工業用素材を作る方法でした。熱硬化性ですから、一度は自由に金型に合わせて加工できるが常温に戻った後は変形させるのではなく、切削 加工に頼る素材となります。薄くて柔らかいことを特徴としているシートから、図4の写真のような堅い素材を作ることが出来るなんて、到底発想出来そうもない アイデアです。改めて社長の発想力の豊かさに感心させられました。

いわば、金属に近い切削加工性をもったプラスチック素材を作り加工業者に販売する会社です。日本にはこのような熱硬 化性プラス チック素材の製作会社は多くないらしく、いろいろな会社から注文が来ていると説明されていました。いわばニッチな素材企業です。ただ同社は素材製 造 を基本としてはいるものの、必要があればそれらの加工も行う部品加工部門も行っていらっしゃるとのことでした。その一つが燃料電池の電極の部品ですと そのサンプルを見せていただきました。当初この部品の製作を依頼された時は、加工に手間がかかりとても利益が出ないので、製造を請け負うのを止めよう かと考えられ たそうです。その問題を解決した今は(方法は企業秘密としてお話していただけませんでした)、ビジネスとして成り立つレベルになりましたと、おっしゃっ ていました。このあたりに、会社の持っている隠れたケーパビリ ティ(能力)を見た思いです。大切に継承する必要がありそうです。

他にもいろいろ

サトウ工業様旋盤 十川工業様プレス加工実演 姿栄工業様板金加工
図 5  サトウ工業様 旋盤 図 6  十川工業様 プレス加工実演 図 7  姿栄工業様 板金加工

上記2社以外にも、今回はサトウ製作所様では旋盤やNC旋盤といった工作機械、有限会社十川工業様では板金加工の実演、(有)姿栄工 業様では板金加工で作られた作品を見学させていただきました。それぞれの企 業でお持ちの工作機械と得意技とその元となる働く人々の様子をじっくりと見せていただいた次第です。これら各社は、路地を通ってすぐ近く、もしくは工場 の裏道を 通り抜けるだけでいけるといった場所にありました。各社の間には敷地を仕切る壁もなく、見学は大きな会社の敷地内にある工場棟を渡り歩いた感じでした。 これこそ物理的な企業境界の疎失」(自社以外の人と同じ場所にいる)による 新規ビジネスの可能性拡大の例と感じた次第です。

見学の後の討論の中で、このような等々力工業会の皆さまの御力をお借りするためにはどうすればいいのですかという質問に対して、今回ご 参加いただい た方々同士は直接お話しをされればいいいが(それがキャラバン隊の目的に一つです)、そのほかの方々も含めたご相談の場合は、是非「神奈川県産業振興財 団の新産業振興課産学連携担当(電話:045-548-4113) にご相談下さいとのことでした。産学連携の強力な助人です。新製品の開発がらみで相談事があれば、一度ご相談されるのがよさそうです。

東 北大 震災を契機に電力不足や円高に悩まされている日本の製造企業の海外移転も予想されています。そんな中でも製造技術の中核を担っている企業と共に「新しいものづくりの火を起こさなくては」と感じた次第です

2011/09/16
文責 瀬領浩一